久々のSSは同性愛がテーマですゾ!苦手な方は注意ですゾ!
「
haze,haze,acid flow.」の二次創作で、一人称≠ルイス氏です。
追記からどうゾ!
▼「haze,haze,acid flow.」二次創作SS
今朝ダイナーでゲロみたいな味のする安いオートミールをすすっていると、隣のボックス席のお客にコーヒーのおかわりを注いでいたリンジーに「あんたって男運がないわね」と言われた。それ学生の時に寄宿舎の同室の子にも言われたことがあったわ。
あたしってどうやら、男を見る目がないらしい。他人にわざわざ指摘してもらわなくたってそれくらい自分でもわかってる。
阿片の売人やってる男の子を好きになって、利用されてハメられて牢にぶち込まれそうになったこともあったし、付き合ったのがとんでもない変態のサディスト野郎で全治一ヶ月の大怪我を負わされたこともある。
男にろくな目にあわされてないのは確か。でもだからって男に嫌気がさして女の子に走るほど、あたしの脳ミソは単純じゃない。
……そうよ、単純じゃないのよ。女子学校に通っていた頃、親友だと思ってた子に告白されちゃった時、あたしはそう言って彼女の気持ちを受け入れなかった。
あの時の自分に今のあたしを見せたら、なんて言うかしら。ショックすぎて、「もうあんたとは絶交」なんて言われちゃうのかも。
「……今日のケーキは、あんまり美味しくないわね?」
はっとして顔を上げると、弱々しく微笑んだ女の子があたしの目を不安そうに覗きこんでいる。
エレンローズ。去年の春に人を介して初めて出会ってから、あたしに優しくしてくれる美しい女の子。おとぎ話のお姫様みたいな彼女が、こんな中流以下の娼婦みたいなあたしとなぜ仲良くするのかわからない。
小首を傾げる彼女の頬を綺麗なブロンドがそっと撫でて、フリルとリボンのたくさんあしらわれた可愛らしい胸元に垂れるのを見た。
エレンローズはあたしが答えるのを待っている。何を聞かれたんだっけ。彼女の不安そうな瞳が、今度は悲しげに陰っていく。
……ケーキ。確か、ケーキがどうとか。
エレンローズとあたしの手元にミルフィーユというフランスのケーキが一切れずつ。エレンローズのミルフィーユはもう残り半分となくて、一方であたしの分は、はじめに一口食べたきりでほとんど進んでいなかった。
「ううん、おいしい! おいしいよ、すっごく……。」
慌ててミルフィーユにフォークを突き立てると、パイとクリームの層がぐにゃっと潰れた。
なんて恥ずかしいの、あたしって。エレンローズみたいにお上品にケーキひとつ食べられない。
「うふふ。」
エレンローズが小さく笑った。
じわじわ耳が熱くなって、あたしはフォークを持っているのとは反対の手で、顔を隠すように前髪を撫でた。
「ミルフィーユって食べ辛いわよね。お行儀悪いけど、手で持って食べてもいい?」
エレンローズはそう言ってテーブルにナイフとフォークを置いた。
そしてお皿の上のミルフィーユを指でつまんで、ハンバーガーでも食べるみたいにかぶりついてみせた。
優しいエレンローズ。今、あたしがどんなにドキドキしているか知らない、無垢なエレンローズ。
動揺を長いため息の中に吐き出していると、部屋のドアーが静かに開いた。
外の冷気が侵入すると同時に、浮ついたあたしの心もみるみる冷えていく。この瞬間が一番イヤ。
「おかえりなさい!」
エレンローズの注目があたしから逸れて、部屋に入ってきた人物にそそがれる。
あたしとエレンローズを巡り会わせた人物。振り返らなくても、そいつがエレンローズに甘い視線を向けて、それから冷たくあたしを一瞥するのがわかった。
「彼女が遊びに来ていたんだね。」
「そうなの、ちょうど、お茶していた所だったのよ。」
「それは良かった。」
外套と帽子を脱いだそいつが、わざとらしく靴を鳴らしながら近付いてあたしのそばに立つ。
……外のにおいがする。あの深い霧のにおい。優しさも温もりもないにおい。
「どうぞ、寛いで。」
刃物を喉に突き付けられているようだった。こいつはいつもそうだ、自分が紹介したくせに、いつもあたしに敵意を向けてくる。だからこいつがいない時を狙ってエレンローズに会いに来るのに。
生唾を飲み込んでから、恐れを悟られないように顔を上げてそいつを見ると、冷たい表情の男と目が合った。その目を見ていると、歓迎する気持ちなんてこれっぽっちも感じられない、この男にとったら何もない椅子に「ようこそ」と話しかけているようなものなのだとわかった。
砕けそうなほど歯を噛みしめても体が震えて止まらない。心の底からぞっとした。こんな怪物のような男を、エレンローズは優しい眼差しで見つめている。
「……いいえ、あたし、もう帰りますから。」
「そう言わずに、ゆっくりしていかれては。」
「いいえ、いいえ、長居しすぎました、帰ります。」
「お茶も、ケーキも残っているのに。」
「ごめんなさい、捨ててください、お邪魔しました。」
男の横を通り過ぎて、部屋を出る間際にこっそりエレンローズを振り返ると、エレンローズは見たことのない顔であたしを睨んでいた。
——あの目、知ってる。
あたしと目が合うとすぐにエレンローズは我に返ったように瞬いて、次の瞬間には戸惑った様子で眉尻を下げていた。
「また遊びに来てちょうだいね。」
エレンローズの優しい声に胸が熱くなって、あたしは逃げるようにその屋敷を出た。
薄暗い霧の街を早足に進んでしばらくしてその足が重くなってきて、とうとう歩みを止めた。
また来てちょうだいね。エレンローズの言葉が耳に反響している。
喉が引きつって嗚咽が漏れ始めた頃、目からボロボロ涙が落ちてきた。
エレンローズの、帰り際に見たあの目、あれは、あの冷たい男があたしに向ける目や、あたしがあの男に向ける目とそっくりだった。
エレンローズは多分、自覚は無くてもあたしに嫉妬してた。あの男があたしにするみたいに。あたしがあの男にするみたいに。
迷子のこどものように声を上げて泣き喚くあたしを誰も気にかけやしない。
ああ、エレンローズ、美しいエレンローズ。こんなどうしようもないあたしに親切にしてくれるのは、きっと世界でエレンローズただ一人だけ。愛を教えてくれるのは、エレンローズだけなのよ。